福岡高等裁判所宮崎支部 昭和27年(う)325号 判決 1952年10月24日
控訴人 被告人 矢野嘉夫 外九名
弁護人 江川甚一郎 外一名
検察官 杉野忠郷関与
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
主任弁護人江川甚一郎の控訴趣意は、同弁護人及び弁護人岩佐健児作成提出にかかる各控訴趣意書記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。
弁護人江川甚一郎作成提出の控訴趣意書記載の控訴趣意第一点について。
所論平和条約第三条には、日本国は北緯二九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む)(中略)を合衆国の唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国の如何なる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまでは合衆国は領水を含むこれ等の諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。と規定され、なお、右平和条約の最初の効力発生の日から施行された昭和二七年政令第九九号によれば、関税法第一〇四条(中略)に規定する地域は、左に掲げる地域をいう。として、一、北緯二九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む)<以下省略>とあるから、関税法第一〇四条に基き、外国と看做される地域は、昭和二四年五月二六日大蔵省令第三六号(その後昭和二七年二月六日同省令第五号で改正)所定の北緯三〇度以南から、同二九度以南に減縮された筋合ではあるが、琉球諸島及び大東諸島を含む北緯二九度以南の南西諸島はなお引続き、依然として外国と看做されているのである。しかして、原判示掲記の沖縄島運天港、沖縄島沖の島及び伊平屋島は、いずれも前示政令にいう北緯二九度以南の南西諸島に属すること経験上顕著な事実であり、従つて、同地域は、今、なお、関税法上外国と看做される地域であるから、被告人等の同地域への貨物の無免許輸出、同地よりの貨物の無免許輸入の所為がいずれも、関税法違反罪に問擬されるのは、まことに、当然であつて、ここに多言を要しないところである。さすれば、前示平和条約の発効は、所論のように、直ちに、被告人等の本件所為に対し、免許または公訴棄却の判決を言い渡すべき事由ある場合にあたるものということはできない。それ故、論旨は理由がない。
弁護人江川甚一郎の同第二点について。
関税法第三七条の規定によれば、輸出貨物は、輸出免許を受けた後でなければ、これを積出することはできない。とあるから、同規定及び同法第三一条以下の諸規定を照し合せて考量すれば、同法第七六条第一項にいわゆる輸出とは、仕向地たる外国に対し、輸送せられる無免許貨物の積載行為を指称し、同条項の輸出罪の既遂時期は、すなわちその積載行為をしたときと解するのが相当である。さすれば、同条項所定の輸出罪の判示としては、無免許貨物を船舶に積載し、これを外国に向け、輸出した旨を明らかにすれば足り、また、それで、同罪の構成要件たる該当事実の摘示としては十分であると解するから、特に所論のように、外国乃至領海外に運ばれた旨を具体的に判示するの要はないものといわざるを得ない。そこで、今、原判決を調べてみれば所論原判示各事実には、被告人等が、税関の免許を受けないで、外国に向け、原判示貨物を原判示船舶に積載して出航し、これを輸出した旨を摘示していることが明らかであるから、原判決は、前説示するところにより、同法第七六条第一項の輸出罪の判示としては何等間然するところはないというべきである。論旨は、独自の見解の下に原判決を非難するもので、採用し得ない。
弁護人江川甚一郎の同第三点、同岩佐健児の同第一点前段について。
関税法第七六条第一項の輸出罪の既遂時期は、貨物の積載行為のあつたときと解すべきこと、控訴趣意第二点において説示したとおりである。しかして、同条項所定の輸入罪の既遂時期は、同法第一一条、第三一条以下の規定を綜合してみれば、無免許貨物の陸揚行為のあつたときと解すべきが相当であるから、その貨物の陸揚行為以前の行為、すなわち、密輸入の目的をもつて、貨物を船舶に積載してからそれを陸揚げするまでの一連の行為は、その行為の性質上、その船舶が日本国の領海の内外の如何なる地域において貨物を積載したかどうかを問はず、既に、具体的に結果発生の危険性があり、しかして、日本国外にある日本国に船籍のある船舶内の行為は、刑罰法規の適用上日本国内における行為と同一視すべきものであるから、日本国に船籍のある船舶により、日本国の領海外においてなされた関税法違反の所為に対しても、日本国の領海内における同法違反の所為と同一視し、同法を適用しても何等妨げないものと解すべきである。さすれば、日本国の領海外においてなされた密輸入貨物の積載行為乃至それを領海内に向けて運搬する一連の行為は、密輸入のための単なる準備行為の範囲を超えた実行の開始にあたり、いわゆる、犯罪の実行の着手の段階に入つたものとして、関税法第七六条第二項所定の密輸入の未遂罪が成立するものとみるのが相当である。そこで、今、所論に鑑み、原判示第一の(ロ)掲記の事実をみれば、原判決が、「昭和二五年三月上旬頃沖縄島から砂糖一千斤位(原価一万五千円相当)及び米軍用オーバー九〇着位、HB作業服五〇〇着位を前記住吉丸に積載し、日本に向け輸入する目的で同島を出発したが、その頃同島中の島附近で強風のため右住吉丸が沈没したので、前記砂糖一千斤位と別表第二の一覧表記載の米軍用オーバー四〇着位及びHB作業服三〇五着位(原価合計金十六万千四百円)の輸入の目的を遂げなかつたものである。」と認定していることは、まことに所論のとおりである。しかして、住吉丸が日本国に船籍のあること、被告人矢野等が右原判示貨物を日本国に密輸入する目的で同船舶に積載したこと、その貨物は外国貨物で、その積載場所は控訴趣意第一点において説示したとおり外国と看做される三〇度以南の地域であること、いずれも、所論事実につき、原判決の挙示する証拠によつて十分これを認めることができるのである。さすれば所論船舶及び貨物が、日本国に密輸入される途中北緯三〇度以南の領海外において強風のため沈没したとしても、前段説示の理由により、それは、なお、北緯三〇度以北の領海内において、その貨物の陸揚前に沈没したと同一視し、いわゆる障礙未遂として、同被告人等の所為に対し、関税法第七六条第二項所定の未遂罪に問擬しても何等妨げないものといわざるを得ない。それで、同被告人等の前掲原判示所為を右同条項の未遂罪として処断した原判決は、まことに相当であり、論旨は採用し得ない。
弁護人江川甚一郎の同第四点について。
しかし、原審第八回公判調書中の所論の点について、「検察官は、昭和二六年三月二二日附起訴関係、公訴事実第二の二行目の別紙第二の次に、第三を挿入、三行目陸揚げしての次に、密輸入し、を挿入し、以下八行目まで削除、罰条、第一事実の次に、第二事実を挿入、次行第二事実につき同法第七五条第一項を削除」云々する旨訴因、罰条の変更を請求した。との記載のあるのをみれば、その請求の趣旨は、所論起訴状記載の公訴事実中関税逋脱罪の訴因を撤回し、それに対応する罰条はこれを削除し、密輸入罪の所為についてのみ起訴を維持するというに帰着することが窺い得られ、従つて、所論の点までも削除する趣旨であるとは文理上からみても到底諒解し得られないところである。さすれば、所論の点の公訴は何等不適法とはいい得ないので、論旨は理由がない。
弁護人江川甚一郎の同第五点について。
所論に鑑み、記録を調べてみれば、所論原判示第三の(ロ)掲記の事実は昭和二六年三月二二日附起訴状記載の公訴事実中の第二掲記の事実に対応することが明らかであり、しかして、原判決は起訴の順序によらず、起訴状記載の公訴事実中年月の古い犯行から新しい犯行に、その年月の順次に従つて判示したことが認められ、それがため、所論の点につき、一見してやや混線しているような感がないでもない。しかし原判決には所論の点につき、不告不理の原則に反して、不法に事実を認定した違法は何等認められないところである。それ故、論旨は理由がない。
弁護人江川甚一郎の同第六点について。
所論の点については、論旨第五点において説示したとおりであり、従つて記録によれば、その一覧表記載の番号も、起訴状添附の分と原判決書添附の分とは相違していることが認められる。しかし、それかといつて、所論被告人等に対し、二重に起訴されている点は何等認められないから、論旨は理由がない。
弁護人江川甚一郎の同第七点及び同岩佐健児の同第三点について。
しかし、所論物件が、所論のような性質の物件であるとしても、該物件が、他日取引の目的となり得る適性の物件であることは経験則上明白であるから、該物件が輸入貨物としての適性のあることは多言を要しないし、従つて、関税法にいわゆる貨物であることは寸疑を容れないところである。それで、所論物件を税関の免許を得ないで輸入した以上は、関税法違反の罪責を免れ得ないところである。それ故、論旨は採用し得ない。
弁護人江川甚一郎の同第八点について。
しかし、原判示第三の(ロ)掲記の事実につき、原判決の挙示する証拠を綜合すれば、所論被告人等が共謀の上、同判示第五一覧表記載の貨物の密輸入をしたいきさつが窺い得られるし、その間反経験則等の違法はないから、論旨は理由がない。
弁護人江川甚一郎の同第九点及び同岩佐健児の同第一点後段について。
しかし、共同審理を受けた共同被告人の自白は、それだけでは完全な独立の証拠能力を有しないが、被告人の自白を補強する場合には、合せて完全な独立の証拠能力を形成するもので、共同被告人の供述自体を更に補強する他の証拠を要するものではないと解すべきところ(昭和二三年(れ)第七七号、同二四年五月一八日大法廷判決参照)、今、所論事実につき、原判決の挙示する証拠を調べてみれば、原判決は被告人の供述調書の外、その裏付けとなるべき補強証拠を挙示していることが明らかであり、しかも、その挙示の証拠を綜合すれば、所論事実は十分これを認め得るし、その間反経験則等の違法はないから、論旨は採用しがたい。
弁護人江川甚一郎の同第一〇点について。
原判決を調べてみれば、原判示第一掲記の事実中の貨物の原価は、合計金四十三万四千六百七十五円であり、原判決の追徴金は金四十三万三千七百九十五円であることは、まことに所論のとおりである。従つて、その差額が金八百八十円であることは計数上明らかなところである。しかし、記録を調べてみれば、押収にかかる証第二乃至第五号の物件は、原判示第一の(ハ)掲記の事実中の物件の一部であり、しかも右押収物件に対する鑑定書の記載に徴すれば、その原価は、金八百八十円であることが認められ、しかして、右証第二乃至第五号の押収物件全部に対しては、原判決において没収の言渡をされているため、右物件の原価相当額である右金八百八十円は、所論金四十三万四千六百七十五円より控除すべき筋合であることは多言を要しないところである。さすれば、原判決は、右控除した金四十三万三千七百九十五円を追徴していることが認められるので、原判決は所論の点につき、何等の誤差も存在しないところである。それ故、論旨は採用し得ない。
弁護人江川甚一郎の同第一一点及び同岩佐健児の情状の点と題する記載の点について。
所論原判示第三の(イ)及び(ロ)掲記の事実につき、原判決の挙示する証拠を綜合すれば、所論共謀の点は、十分これを認めることができるのでその点に対する論旨は理由がない。しかして、訴訟記録並びに原審において取り調べた証拠にあらわれた事実を綜合し、所論情状の点は勿論のこと、本件犯行の動機、回数その他諸搬の情状を勘案すれば、被告人等に対する原判決の量刑は、その犯情に照らし、さまで不当に重きに失するきらいがあるものとは認められないので、論旨は採用し得ない。
弁護人岩佐健児作成提出の控訴趣意書記載の控訴趣意第二点について。
しかし、被告人泊克彦ことバオロガナハーに関する原判示第三の(ロ)掲記の事実につき、原判決挙示の証拠を綜合すれば、同被告人は他の被告人等と共謀の上、所論所為に及んだいきさつが認められ、その間反経験則等の違法はないから、論旨はたやすく採用し得ない。
以上の理由により、刑事訴訟法第三九六条に基いて本件各控訴を棄却する。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 山下辰夫 判事 二見虎雄 判事 長友文士)
弁護人江川甚一郎の控訴趣意
第一点本件は平和条約の発効によつて公訴棄却または免訴さるべき事案である。
関税法第百四条昭和二十四年五月二十六日大蔵省令第三十六号に仍り外国と看做された北緯三十度以南の南西諸島は平和条約第三条の結果として自然に消滅したものと云ふべく即ち地域的に関税法の適用は消滅したと云ふべきでこの部分に対しては正に刑の廃止に該る。従つて今日では公訴は棄却さるべくまたは免訴さるべきであると思料する。
第二点原判決は犯罪事実としての認定に不完全である。
原判決第一の(イ)には「昭和二十五年二月七日頃宮崎県東臼杵郡富島町細島港から別紙第一、一覧表記載の物件(原価十二万三千六百七十五円)を沖縄島運天港に向けてこれらを輸出し」と認定している。また第三の(イ)には「昭和二十六年二月五日宮崎県宮崎市赤江港から別紙第三、一覧表記載の物件(原価合計金七万七千八百五十九円九十三銭)を同船に積載して臨時南西諸島伊平屋島に向けて出航してこれらを輸出し」と認定している。しかしてこれを関税法第七十六条第一項に問擬している。即ち輸出既遂と見たのである。
しかれども輸出の既遂は物件が船に積載され領海外の或地点に向つたと云ふだけでは足らない。領海外に運ばれたことを要するものと解すべきが故に既遂の認定としては不完全である。ただし原判決には輸出と云ふ文字を使用してはいるがこれを以て船が領海外に出たことを具体的に示したものと解することはできない。
第三点実行に着手したことのない行為を未遂として律している。原判決第一の(ロ)には「同年(注昭和二十五年)三月上旬頃同島(注沖縄島)から砂糖一千斤位(原価一万五千円位相当)及び米軍用オーバー九十着位HB作業服五百着位を前記住吉丸に積載し日本に向けて輸入する目的で同島を出発したがその頃同島中の島附近で強風のため右住吉丸が沈没したので前記砂糖一千斤位と別表第二、一覧表記載の米軍用オーバー四十着位及びHB作業服三百五着位(原価合計金十六万千四百円)の輸入の目的を遂げず」と認定している。しかれども中の島は沖縄群島の一部であることは原判決自体で明かであり北緯三十度以南であることは原審第五回公判において矢野被告人の供述するところで顕著な事実である。輸出が日本国の領海外に出て始めて既遂となると同様輸入は日本国の領海に入つて既遂となるものと云わなければならない。従つて輸入の未遂となるには日本国の領海に近接しなければならない。しかるにこの行為はまだ沖縄群島から離れない前のことである。未遂が成立する理由がない。
第四点起訴状の要件を欠き公訴は不適法である。
原判決第三事実の基礎となつた昭和二十六年三月二十二日附起訴状は原審第八回公判において検察官から罪名罰条の「関税法違反」とある部まで削除の意思表示をしている。従つてこの起訴状は公訴の要件を欠ぐこととなり公訴棄却を免れないと思料する。
第五点起訴のない事実を有罪として認定している。
昭和二十六年三月二十二日附起訴状第二の事実については矢野、パオロガナハー、田原、宮城、大橋、疋田が起訴され同時にまたパオロガナハー、田原が起訴されている。即ち前者は第二、一覧表記載物件につき後者は第三、一覧表記載物件につき起訴されている。それを原審第八回公判において検察官は起訴状第二、一覧表の第二の次に第三の文字を挿入する旨陳述している。この陳述が第三、一覧表の物件についてパオロガナハー及田原以外の被告人を起訴するにあつたとするなら起訴の意思表示を明瞭的確にしなければならない。しかるにこの意思表示がないのである。原判決は起訴のない事実を第三(ロ)の一部に認定したことになると思料する。
第六点二重起訴になる。
第五点掲記の通り第二、一覧表の第二の次に第三の文字を挿入するにおいては同一物件につきパオロガナハー及び田原は二重に起訴されたことになる。何れか一方の起訴は棄却さるべきである
第七点輸入物品としての適性がない。
原判決第五、一覧表表示の物件はパオロガナハー及び田原が具志堅某からその弟に届ける品である。しかしてこのことは両被告人の供述調書に明かなるところであるから取引の目的たる適性がない。従つて輸入物件としての適性がないと思料する。
第八点認定の証拠がない。
原判決第五表の物件についてはパオロガナハー及び田原以外の被告人即ち矢野、宮城、大橋、疋田に対しては認定の証拠がない。
第九点被告人の供述に裏付にする証拠がない。
共犯として起訴された被告人の供述調書は相互に裏付として効用を果す力はない。従つて原判決第一の(ロ)(ハ)の事実については自白の裏付とする証拠がないのに有罪の事実を認定した結果となる。
第十点原価追徴の数字が間違つている。
原判決第一事実についての原価追徴は四十三万四千六百七十五円とならなければならないのに原判決の数字は四十三万三千七百九十五円となつている。
第十一点量刑過重
原判決は懲役刑を選択して執行猶予を与えている。しかれども没収追徴と照合して考覈すれば尚重きに過ぐる何れも半減さるべきであると思料する。
弁護人岩佐健児の控訴趣意
原審判決理由の摘示の第一の(ロ)「同年三月上旬頃同島から砂糖一千斤位(原価壱万五千円位相当)及び米軍用オーバー九十着位HB作業服五百着位を前記住吉丸に積載し日本に向けて輸入する目的で同島を出発したがその頃同島中の島附近で強風のため右住吉丸が沈没したので前記砂糖一千斤位と別表第二、一覧表記載の米軍用オーバー四十着位及びHB作業服三百五着位(原価合計金十六万千四百円)の輸入の目的を遂げず」との事実については、
一、事実が我が国の法域外の北緯三十度以南に於て発生し且つ終止して居るのであつて処罰の対象とはならないのみならず行為が未だ実行の着手に至らずして終つて居るのである凡そ未遂罪が成立するには実行の着手ありて之を遂げざりし場合であつて実行の着手の時期は行為が結果の発生に帰向する段階に於ける過程に於て結果発生の具体的危険が生した時期に至り始めて実行の着手ありと見るべきであつて関税法違反事件としては具体的には少くとも我が法域内の北緯三十度以北に達したときでなければ此の具体的危険は生しないのである否寧ろ我国の領海内に達した時期に至らなければ具体的危険発生したりとは見るべきでなく従つて本件に就ては未だ実行の着手前に終止して居る行為であつて未遂罪成立の余地がないのである。更に当該事業の認定資料となつて居るものは単に被告人田中典郎の大蔵事務官に対する聴取書、同質問調書、検察官に対する供述調書等の自白を根幹として之と同調した各供犯者の同種の調書のみであつて他には何等の犯罪を証明すべき資料はないのである。敍上の大蔵事務官及検察官作成の各供連調書中各被告人の各自関係部分に関する判示同趣旨の供述記載を掲げているが之は正に憲法第三十八条第三項刑事訴訟法第三百十九条第二項に違反し自白のみに因つて被告人等を有罪としているものである。固より引用せられた右各供述記載は共同被告人のものに係るものであるが共同被告人の自白も矢張り之を各別に観察検討すれば被告人の自白に相違ないし又共同被告人を一団として見れば各共同被告人の自白はその一団の単な自白と解せらるるのであつて之亦矢張り被告人の自白たるに相違ないのである憲法及刑事訴訟法は被告人の自白が被告人以外の者の供述その他の証拠によつて補強せられる場合以外には被告人は有罪とせられない旨規定しているのであつて此のことは共同被告人の自白を綜合してそれのみで全員を処断することを禁止し又共同被告人の自白は他の共同被告人の自白のみでは矢張り補強されるものではないと解すべきである。然らば本件に於ても第一審公判調書並に大蔵事務官及検察官作成の各供述調書に記載された各共同被告人の供述のみを以て各被告人の罪を断じ得ないことは明かである。されば本件原判決は刑事訴訟法第四百五条第一号により到底破毀を免れざるものと信ずる。
二、被告人泊克彦事パオロガナハー第三(ロ)の密輸の事実については密輸物資の買入交換等に干与したこともなく且つその輸送に協力した事実も全然ないので同被告人は当該事実に付ては無罪であるとの主張は原審で詳論した通りである。
三、第三の(ロ)の別紙第五、一覧表記載の物件は何れも(ロ)の第四、一覧表記載の物件を沖縄諸島中の伊平屋島にて船積した際に同島居住の具志堅某から当時宮崎県児湯郡に居住して居つた同人弟具志堅徳次郎宛に徳次郎の自家消費の物品を託送せられたものであつて全然密輸入の目的外の物件であり其の原因動機からして密輸の犯意が認められないのみならず更に密輸入の対象とせらるるものは将来取引の対象とせられたものであつて其の目的が取引の対象とせられ意図せられたもののみ包含し斯る単なる自家用の託送品の如きは其対象とはなり得ざるものと信ずるを以て当該物件に対する密輸入罪は成立せず。
情状の点第三(イ)(ロ)の事実については外間現三の密輸出入の行為に被告人矢野は応援出資者たる関係において他のパオロガナハーは(イ)の輸出について同田原同大橋同疋田は(イ)(ロ)の輸出入品の運搬に夫々協力幇助した程度に過ぎない犯情軽微のものであり更に本件は法規干犯の不法行為であり批難排斥すべきであることには相違ないが当時内地と物資の交流を遮断せられた為めに極度に物資の偏在と欠迫に困憊して居つた沖縄島民の生活を潤ほし之を救済するに顕著な役割を果した事実について更に被告人矢野は本件に由来して約二百余万円の財産を蕩尽し日常の生活にも窮する苦境に陥入つて居る事情等情状酌量の余地ありと思料せらるるので没収不可能な物件の金額について追徴を命じた原判決は量刑過当なりと信ずるものである。